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海の上に浮かぶ街マガポ
海の上で暮らす「マガポ」という町
マガポは、フィリピンの海辺に位置する小さな貧困地域です。
「海上で生活している」と聞くと、リゾートのような美しい海を思い浮かべる方も多いかもしれません。しかし、実際に訪れてみると、その印象は大きく覆されました。
ここでは、海が生活の場であると同時に、ゴミや排泄物の投棄場所にもなっています。
水は濁り、決して泳ぎたいと思えるような海ではありません。海の香りというよりも、強い異臭が漂い、長くとどまることさえためらう環境でした。
電気もクーラーもない、風だけが頼りの毎日
マガポの住宅は木造の高床式で、海の上に板を並べたような通路が家々をつなげています。
電気はほぼ通っておらず、照明もクーラーもない中、人々は自然の海風だけを頼りに生活しています。
炎天下の中でも、冷房のない生活が当たり前で、夜になれば真っ暗です。
都市部とはまるで別世界であり、ここでの“当たり前”は、日本のそれとは大きく異なります。

出会った子どもたちの姿と、静かな日常
細い道の先に、小さな屋台のような商店がありました。
そこで見たのは、ビニール袋に入れた水を飲む子どもたちの姿。水道が整備されていないため、このような形で飲料水を購入するのが日常です。
他にも、洗濯や掃除などの家事を手伝う子どもたちが当たり前のように日中から動いていました。
日本で言う「自由時間」や「遊びの時間」はほとんどなく、それでも彼らは特別に悲しそうな顔をすることもなく、淡々と日々を生きていました。
通路の途中で出会った子どもたちには、現地で購入したお菓子を手渡しました。
「ありがとう」という言葉はありませんでしたが、それが必要だとも思いませんでした。
そこにあるのは、観光では決して見えない“リアルな生活”の姿でした。
訪問した家庭と、支え合いの中で生きる現実
少し奥へ進むと、木の板の通路が続き、下はすべて海。
その先に、今回私たちが支援を届けた家庭がありました。
そこには母親と叔母、そして子どもたちが暮らしており、父親は出稼ぎのため他の場所にいるとのことでした。
家計は父親からのわずかな仕送りと、日本・アメリカなどからの支援によって支えられているそうです。
今回私たちは、生活に必要な食糧と子ども向けのお菓子を届けました。
現地で暮らす人々の生活をほんの少しでも支えられたことを、今でも心に留めています。


僕がマガポで感じたこと
この町で見たのは、「足りないもの」にばかり目を向けていた自分の姿でした。
日本では当たり前のようにあったもの——
例えば給食、勉強する机、エアコン、水道、自由時間。
それらが「無い」生活を目の前にした時、「あるものに感謝する」という気持ちが自然と湧いてきました。
マガポの生活は、正直に言って苦しそうでした。臭いもきつく、衛生環境も整っていません。
でも、そこで暮らす人たちは、何かを恨むわけでもなく、ただ日々を懸命に生きているように見えました。

次回予告:さらなる衝撃、マパンタドへ
マガポでの体験を経て、次に訪れたのは「マパンタド」という別のエリアでした。
そこはまた違った問題を抱えており、特に“支援に依存する暮らし”の現実が浮き彫りになりました。
次回、「支援とは何か?」を自分自身に問いかける体験をお届けします
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